「無冠」の誉れ
もともと私は、感傷や悲壮感がきらいである。
配達は、つらいと言えばつらかったが、「今、自分は修行をしているんだ」という気持ちが強かった。
みんなが寝ている時も走る。夕方、友だちが炬燵（こたつ）で暖まっている時も走る。
人のしない経験を積んでおこうという自覚があったし、自分が抱えて走るこの新聞から、人々が社会の動きを知っていくのである。少年なりに、誇りは高かっ た。
◇
眠い朝もあった。
休みたい朝もあった。
しかし、早朝、新鮮な大気を破って、黄金の旭日（あさひ）が昇りゆく時刻（とき）の、あの爽やかさ、荘厳さは、味わった者でないとわからない。
広い天地で、自分ひとりを包んでくれるかのような、宝の世界である。
話す相手もいない。見る人もない。しかし、誰がいなくても、天が見ている。自分が見ている。
そこでは、どんな地位や権威の「王冠」も色あせる。
あるのは、使命に突き進む人間としての「無冠」の誉れである。
（『素晴らしき出会い』〈「新聞少年」時代に励ましてくれた優しい若夫婦〉から）